1.ホテルに学ぶバリアフリーを


 高齢者の住まいでまず思い浮かぶのは、段差のない出入口や緩やかな階段、手すりやスロープの設置。しかし、そうした設備を新たにつくるだけでなく、もっと暮らしやすくするためのアイデアや知恵があるはず。特に冬期間、雪に閉ざされる札幌で暮らしやすい住まいとはどんなものか。
 第1回目は、DPI(障害者インターナショナル)世界会議でたくさんの障害者が利用したバリアフリーの「ホテル」から、暮らしやすさのヒントを探してみた。




<ハートビル法>
 ハートビル法というのは通称で、正式な名称は「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」。1994年に施行され、デパートや劇場、ホテル、病院、スーパーなど、不特定多数の人が訪れる建築物を「特定建築物」に指定し、バリアフリー化に取り組むよう求めてきた。ハートビル法適用の建築物にはハートを形取ったシンボルマーク(左)を掲げることができる。



●車いすでも快適な客室を整備

 高齢者や障害者が使いやすいよう建物の建築水準を定めた「ハートビル法」という法律があり、ホテルとして全国で初めてハートビル法の認定建築物となったのが、札幌市中心部にある「アートホテルズ札幌」(札幌市中央区南9西2 宿泊予約TEL 011・511・0101)である。


 アートホテルズ札幌は、98年、中島公園近くにオープンした温泉付きのシティホテル。建築時にハートビル法の基準に沿うだけでなく、音声対応のエレベーターを設置したり、車いすでも利用しやすい客室を5室つくった。以前はその客室を「ハンディキャップルーム」と呼んでいたが、現在は「ハートフルルーム」と呼んでいる。


●普通の客室の2倍以上

 普通のシングルルームは広さが14〜15u(約8〜9畳)だが、ハートフルルーム(シングル)は31.2u(約19畳)、2倍以上の広さがある。

 ベッド周りも広い。ツインの場合、普通はベッドとベッドの間は人が1人立てるくらいのスペースしかないが、ハートフルルームでは車椅子が十分回れるスペースを確保している。もちろんバス・トイレは手すりがつけられ、シャワーいすも用意されているし、入り口は引き戸になっている。これで、料金は普通の客室とほとんど変わらない。


●利用客の声でシャワーの位置を改善

 開業後、利用客からの意見を取り入れて改善した点もある。

 1つには、シャワーホースの長さ。入浴時に介助者が必要な場合は通常のホースでは短すぎるということで、シャワーホースの長さを2倍にした。

 もう1つは、シャワーの位置。写真に見えるように、浴室奥の壁に取り付けられていたのだが、それでは入浴している人の頭越しにシャワーをはずしたりかけたりしなくてはならない。そこで、介助者が取りやすいように、手前の壁に付け替えたのだという。シャワーのように簡単に付け替えるわけにはいかないが、蛇口も同じように、手前にあった方が使いやすいのではないか。


●どうやって使うかを考えてみる

 ただ「手すりをつけた」だけでは、役に立たないこともある。どういう障害をもつ人が、どういう状態で使うかによって、つける長さや位置も違ってくる。

 あるホテル関係者から教えてもらった「トイレの手すり」の話は、こうだった。

 「車椅子を横に置いてトイレに移る場合、横についている手すりが長く伸びていたら、その手すりが邪魔になって移れないことがある。やむを得ず、トイレと向かい合った位置に車椅子を置き、そのまま跳び箱を飛ぶように、トイレに座る。そうすると、普通とは逆向きに座って使うことになる。ホテルのように、多くの人に対応しなくてはならないところは、特定の障害を想定するわけにはいかないが、手すりを可動式にしたらいいのではないか」

●一般客も利用したいハートフルルーム


 オープン当初は、ハートフルルームがあまり知られていなかったこともあり、一般客も利用していたという。「広々していて快適」と一般利用客の評判は上々。高齢者を含む家族連れやビジネスマンのリピーターもいたという。

 現在は「車いすで泊まれるホテル」として口コミやインターネットなどでずいぶん知られるようになったため、稼働率はほぼ100%。残念ながら、一般の人はなかなか利用できなくなってしまった。結局、障害者や高齢者が使いやすいということは、その他の多くの人にとっても使いやすいということなのだろう。
                        

●機能的でおしゃれなものがない

 ホテルやデパートは人々のレジャーやくつろぎの場であり、デザイン性を重視する面も多々ある。しかし、機能的で、かつデザイン性に優れている物というのがなかなかないのだという。あまり機能一辺倒になってしまっては、施設のような印象を受けかねない。例えば、高齢者が使う杖。最近、ようやくいろいろな色やデザインのものが市販されるようになってきたが、一昔前までは茶色くて、どれも似たり寄ったりのデザインだった。こういった点が、公共の場において、バリフリー化が思ったほど進んでいかない理由の1つかもしれない。

●DPI参加者にも好評

 
アートホテルズ札幌でも、DPIの際に、韓国と道外の障害者が100人以上宿泊した。しかし、ハートフルルームは5室しかないため、ほとんどが一般客室の利用とならざるを得なかった。トイレや浴室など心配な面もあったのだが、そこは国際会議に出席するくらい積極的で行動的な障害者たち。スツールなど室内にあるものを使って、うまくしのいだようだ。

 従業員たちも、もともと障害者が利用することが多くて応対に慣れていたため、大きな混乱もなく、利用者にも好評だった。

 他の宿泊客にも「DPIがあって障害のある人がたくさん泊まっているので、協力してほしい」旨のお願いをした。例えば、レストランでの朝食に多少時間がかかるかもしれない、エレベーターの待ち時間が長くなったりするかもしれない、などなど。そのため、不満がでるどころか、非常に協力的で、エレベーターでも、車椅子が乗って余ったスペースに、一般客が一緒に乗り、譲り合っていたという。 

●来年夏までには法改正し、義務化へ

 北海道におけるハートビル法認定建築物は、大型のスーパーマーケットや、役場や駅といった公共施設、デイサービスセンターや老人保健施設などの福祉施設に多い。

 バリアフリー化を進めるためにつくられたハートビル法だが、現行法は建築主に対する“努力義務”にとどまっている。 国土交通省は、本格的な高齢社会に備え、バリアフリー対策の一層の充実が必要と判断し、改正案を国会に提出、2002年7月の衆議院本会議で成立した。

 改正法の最大のポイントは、“努力義務”だったバリアフリー化を義務付けた点。

 具体的には、延べ床面積が2000u以上のデパートやホテルなどに、一定の幅以上の廊下の確保や、車イス用のトイレやエレベーターなどを設置する「基礎的基準」を設け、それを満たすよう義務付けた点だ。

 「基礎的基準」とは、車イスが通れる幅80cm以上の出入り口を設ける、廊下幅を車イスと歩行者がスムーズにすれ違うことのできる120cm以上にする、車イス利用者用のトイレ設置など。また、現行法でバリアフリー化の対象外とされていた学校や工場、会社、マンション、アパートについても、「努力義務」の対象に加えている。さらに、建設主には税制上の優遇や低利融資が受けられるメリットもある。